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レンタルビデオ |
今は金曜の夜。土日はバイトがお休みだ。
わたしはレンタルビデオのお店に来ている。 友達と合う約束もなく、久しぶりにビデオでも見ようと思う。
このレンタルビデオのお店は、1階、2階とあり、とても大きい。 1階のフロアは通常のビデオで、2階のフロアは全部エッチビデオだ。 前に1度、男の子の友達と2階のフロアに行ったことがある。 階段を上った瞬間、空気が変わった。女は、あきらかに場違いだった。
今日は1時間ぐらい店内をうろついただろうか。もちろん2階には行ってない。 結局、新作2本、旧作1本とアルバム2枚、シングル4枚をレンタルした。 ペラペラのビニール袋に商品を入れ、渡される。
お店を出て前にとめてある自転車に向かう。 金曜の夜だけあって、自転車は道にてんこもりになっていた。 隣り合っている自転車があまりに多くて、私のは地面からちょっと浮いている。 ビニール袋を自転車のかごに投げ入れ、鍵を開けた。
ハンドルをグリグリやりながら、引っこ抜こうとするが抜けない。 ほとんど自棄になりながら、グリグリを繰り返す。でも抜けない。
その時だった、ビデオ店のとなりにある雑貨屋のお姉さんが わたしの横に並んでいる自転車をどけてくれた。エプロンをしていたので分かった。 わたしは自転車を道に出して、何も言わずにおじぎだけしてこぎだした。 そのおじぎも、きっと相手には伝わらないぐらい小さなものだった。
走り出してすぐに、とてつもない後悔の思いが襲って来た。 どうしてわたしは「すみません」や「ありがとう」の一言が言えなかったんだろう。 親切には親切で返さないといけない。親切のチェーンメールが途絶えてしまう。 だからって、今から戻ってお礼を言う勇気は、わたしにはない。
アパートに続く長い坂道を、わたしは下っていく。 鉄塔と鉄塔を繋ぐたくさんのケーブルが、夜の風に揺れていた。
言えなかった理由は分かっている。
わたしは「親切」から、随分遠ざかっていたんだと思う。 あんな些細な「親切」に、わたしは戸惑ってしまった。どうして良いか分からなかった。
鼻がツンとして、涙が込み上げてくる。夜の風が、頬から涙をさらっていく。 そう、自分が「一人」だということに、あの時気付いてしまった。
アパートに続く長い坂道を、わたしはどこまでも、どこまでも下っていった。
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こころにある場所 |
駅前にある古い洋館を改装して作られた一軒家のコーヒーハウス。 ここはふたりで会うとき、いつも待ち合わせをした場所。
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「天国や地獄って、今とどこか違う場所にあるんじゃない。死んでからいくところでもないよ。
幸せだと思うこころの中にあって。不幸だと思うこころの中にある。
幸せだとこころが感じていれば、それは天国にいるのと同じだと思う。
でもわたしのこころの中は苦しくて苦しくて死んでいる、それは生きているけど地獄にいるのと同じなの。
あなたとの時間は幸せ。本当に。だから、ひとりになってからの時間がつらくてしょうがないの。
会うのは今日で最後にしましょう。
わたしたちは嫌いになって別れるわけじゃない。でもこれからは、あなたのことを考えないようにして生きていく。あと30分、12時になったらここを出ましょう」
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僕たちは日付が変わる少し前にお店を出た。ふたり別々のタクシーに乗って。 交差点、前を走る彼女の車が車線変更をして右折していく。
今日から彼女のいない生活が始まる。 もし、からだがこころで出来ていたら僕は多くの部分を失っていた。 それは生きていても地獄にいるのと同じかもしれない。
僕を乗せた車は高架下の道路を、ただまっすぐに走っていった。
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共感 |
駅前にある古い洋館を改装して作られた一軒家のコーヒーハウス。 ここはふたりで会うとき、いつも待ち合わせをした場所。
「顔がさみしそう」 「そう? 僕からは分からない」
きっと、とんでもなく情けない表情をしている僕。 そして情けない強がり。
「わたしからは見える」 「なら、そうなんだろう」
その理由について、お互い分かっていた。ふたりの終わりが近づいているってこと。 いや、もう終わっていることが分かっていて、でも分かりたくなかった。
「1年」 「そうだな、早い」
「無理なの。彼女と別れてわたしと一緒には暮らせない?」 「もし今の彼女がいなければ、もう君と一緒にいるよ」
「本当に好きなら、それは関係ない。わたしに付き合っている人がいても、あなたのことが好きなら別れることなんて何も難しくない」 「すべてを捨てても?」
答えは分かっていたけど聞いた。
「うん」 「そう、か」
耳の聞こえない今の彼女の傍にいようと決めたのが3年前。 そして目の前の彼女と出逢ったのが1年前。耳が聞こえないことは言っていない。
「出来ないんでしょ? じゃ友達に戻りましょう」
僕は何も答えることが出来ないでいた。
「わたしはただ座って見詰め合っているだけなのは出来ない。話をしてわたしのことを少しでも解ってもらいたい。きっとあなたは心の中で彼女との未来を選んでいる。わたしとの未来はないんだと思う」
彼女のまっすぐな眼差し。 わたしは自分の気持ちに正直に生きていきたい。彼女がよく口にする言葉。
「本当のこと、言い過ぎてる?」 「いや、思っていることを言ってくれていい。いままで通りに」
そう答えるのが、やっとだった。 そして少しの時間のあと、彼女は友人との約束があるからと店を出て行った。
もし今の彼女がいなければ、今の彼女より君と逢うのが早ければ、何度思ったことだろう。 僕がふたりいれば、そんなマンガみたいなことも考えた。
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ある日の喫茶店。 テーブルの上の携帯が点滅した。すぐに携帯を開く。何もなかった。 光の加減で携帯が点滅したように見えただけだった。
最近よくこんなことを繰り返している。期待が錯覚を見せる。 僕は読みかけの雑誌に視線を戻した。
ふたりの女性の幸せを願っていたあの頃。 結局、ふたりとも幸せにすることは出来なかった。
もし僕がふたりいれば、僕自身は誰を選んでいただろう。 答えの出ない疑問を、繰り返しいつまでもいつまでも考えている。
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二人の未来 |
タクシーの乗車拒否からその日は始まった。
僕らは楽しみにしていたイタリア料理のお店に行った。 僕の料理がなかなか来なくて、やっと来たと思ったらミスオーダーだ。
次に、前から気になっていたナイキのスニーカーを買いに行った。 なぜか僕の足のサイズのものだけがなく、新入荷もないという。 他のお店にも問い合せてもらったが、結果は同じだった。
気分直しにドリンクでもすることにした。僕らの会話は少しだった。 でも、そのお店のチーズケーキはとてもおいしかった。 彼女が買ったばかりのブラウスに、それを落とすまでは。
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僕らはどろどろに疲れてアパートに戻った。あれからも色々あった。 着替えることも億劫で、そのままベッドに倒れこんだ。
「今日は何の日なんだろうね」 彼女がいった。
「何の日か。ほんと何の日なんだろう。わからない」 悪い日の記念日みたいにいう、彼女の言葉がおかしかった。
「わたしはどんな一日でも、あなたと一緒にいたい。 嬉しいとき、楽しいとき、つらくて悲しいとき、一緒にその気持ちを感じたい」
天井を見上げたまま、僕は彼女の言葉を聞いていた。
「このさき何回生まれ変わっても、またあなたと一緒にいたい」
「次の回も逢えるかな」 「がんばってあなたを探す」
「人間に生まれ変われるかなんて、分からないよ」 「例え犬に生まれ変わったとしても、犬として出会う」
「君は犬だけど、僕は人間だったらどうする?」 「それでも一緒にいたい。あなたの傍にずっと寄り添ってる」
いじわるな僕の言葉に、彼女は犬っぽく抱きつきながら答えた。
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日曜の朝。近くの公園に散歩に来ている。
彼女は、道端に咲いている草花の匂いを嗅ぐのがとても好きだ。 いつもの様に、ゆっくりと園内を一周して家路についた。
リビングルーム。彼女は僕の膝の上に頭を乗せて、昼寝をしている。 僕は毛足の長い彼女の背中を、いつまでもいつまでも撫でていた。
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