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ねこ寝ぐせ |
いつからだろうか。 僕の家に猫が住みつくようになったのは。
うちの母親が餌を与えることは、もはや日常になっている。 猫の方も餌をもらい始めた頃の警戒心は、もうない。なじみ始めている。
ある朝その猫が、庭の奥にある物置小屋で5匹の子猫を生んだ。 でも、母親が見つけた時、すでに1匹死んでいた。
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母親から子猫が生まれたことを聞き、僕は物置小屋へ見に行った。 子猫たちは、まだ可愛くなる一歩手前のようだ。なんだか生々しい。
僕が来たことで母猫は気がたっている。気にしながらも、子猫の背中に触ってみる。 驚いたことに子猫は逃げようとした。目も開いてないのに。すごいな本能。
子猫たちの色は、それぞれ白、黒、灰色、まだらだった。 一応持ってきたデジカメで撮ってみる。やはり、あまり可愛くない。
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数週間が経ち、子猫も自分たちで動き回るようになった。 母猫はあまり子猫たちの面倒をみていないようだ。
いつも、うちの母親の後をついて歩いている。でも家の外まではいかない。 門の前で立ち止まり、そこから母親のうしろ姿をずっと見つめている。 母親がもう家に帰って来ないんじゃないか、そう錯覚するような切ないシーンだ。
ある夜、友達から電話があった。今から迎えに行くから飯でも食わないかと。 僕らは国道沿いにあるラーメン屋に行くことにした。 迎えに来た車に乗った。そう、友達が車をバックさせたとき。
僕らは車の外に出た。子猫の頭がタイヤの下でつぶれていた。 最初に埋めた子猫の近くに、スコップで穴を掘って埋めた。白の子猫だった。
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何ヶ月かが過ぎた。 子猫たちの体も少しずつ大きくなっている。 最近は自分たちだけでも、家の外に出て行くようになった。
母親が心配している。3日前から黒の子猫が戻っていない。 先週はずっと雨の日が続いていた。道はいつも雨であふれていた。
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半年が過ぎた。 灰色の子猫は、母猫に負けないぐらい大きくなっている。とても活発。 それに比べ、まだらの子猫はあまり大きくなっていない。まだ「子猫」のままだ。 いつも、ちりとりの中で寝ている。食も細い。
今朝、母親が動物病院から戻ってきた。猫パルボウイルス感染症というそうだ。 熱があり下痢をしていたので、風邪だとばかり思っていた。感染して1日だった。
「一番元気だったのにね」 母親は言った。
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あれから1年が過ぎた。
今日も、まだらの子猫はちりとりの中で寝ている。全然動いていない。 そっと触ってみる。 揺すってみる。
しばらくして、薄く目を開けた。でも、すぐにまた目をつむった。 1日どれくらい寝てるんだろう。子猫というより、ほんと「子寝子」だな。
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サングラスをして絵は描ける |
「タバコを吸わない理由?」 「うん、きみの周りもそうだけど、今の女の子って、みんな吸うだろ」
ここは沖縄料理を扱う居酒屋さん。 タバコの煙と沖縄民謡が充満する店内に、バイト先の男の子と一緒に来ている。
「わたしは絵を描いているでしょ」 「うん」
「例えばだけど、サングラスをして絵は描けると思う」 「たぶん、描けない」
このお店に来たら必ず注文する、紅芋を口に運ぶ。 調味料じゃない、自然な甘みが好きな理由だ。
「そういうことよ」 「どういうことだよ」
「じゃさ、鼻をつまんで料理は出来ると思う」 「出来るんじゃない」
「味付けはどうするの」 「舌と経験で」
「確かに経験があれば、同じものを作ることは出来るかもしれない」 「だろ」
「でも本来、味覚は鼻と舌でするものよ。それに始めての料理はどうするの」 「そう、だね」
「タバコを吸うってことは、鼻の粘膜と舌を麻痺させる、ってことよ」 「ふーん」
「だから、料理人でタバコを吸う人は信じられない。それは例えれば、サングラスをして絵を描いていることと同じだから」 「そっか、微妙な匙加減が分からない」
「そうよ。才能に対して敏感でありたいとは思わないのか、と言いたい」 「あついな。でもきみは料理人になるわけじゃないだろ」
「そうだけど、分かっていて積極的に鈍感になる必要はないでしょう」 「でもそれだと、鈍感な人の気持ちは分からないよな」
店長が薦めてくれた、沖縄の地酒を口元に運んだ。
「それは、分からないといけないのかな」 「居酒屋に来るお客さんは大抵タバコ吸うだろ。だったら、タバコを吸う人の料理はタバコを吸う料理人が作った方が良くないか」
「まぁ、確かにそれは言えるかも」 「だろ」
「でもサングラスは後で外せても、鼻の粘膜や舌についたタバコのヤニは取れないでしょう」 「まぁ、そうだね」
「周りにタバコを吸っている人がいて、その人と別れて家に帰る。そしたら、絶対髪や服は臭い。 もっと言えば、鼻の穴の中が臭い。タバコを吸っている人と一緒のあいだは、感覚が麻痺してたってことよ」 「敏感でいたい。それがタバコを吸わない理由?」
「そういうこと」 「分かった、じゃこれからはきみの前で吸うのはやめにしとく」
そう言って、タバコの煙を天井に向かって吐き出してから、 短くなったそれを灰皿に擦りつけた。
「別にそういうことを言ってるんじゃないんだけど」 「じゃ、何」
「それじゃ聞くけど、あなたがタバコを吸う理由は何」 「おれがタバコを吸う理由?」
「そう、どうして」 「そういえば、考えたことないな。気が付いたら吸ってた」
「そんなんで良いの」 「良いと思うな、別に。全ての行動が理にかなってる必要なんてない」
「まぁ、それはそうだけど」 「だろ。でもおれタバコやめるよ」
「また、そんなこと言って」 「なんでだよ、信じないのか」
「信じるも何も、この話2回目だよ」 「だから」
「前にしたときも、あなたはやめるって言ったからよ」 「そうなの」
「そう、でも次の日会ったらあなたは普通に吸ってた」 「まじですか」
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わたしたちはお店を出た。 このお店は何時になったら静かになるんだろう。もう4時前なのに。
ふたりでコンビニによって、カッププリンを買った。食べながら帰る。 灰青の雲が薄く拡がる空を見ながら、わたしはぼんやりと考えていた。 「タバコを吸う人の気持ち」も、分からないといけないのかな、って。
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私が好きな色 |
私が好きな色は白。だから、いつも白い服を着ている。
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ホテルの1室。彼のものにコンドームを丁寧に履かせていく。 彼らは私のことを献身的な女の子と思っているかも知れない。
私はコンドームに不備がないかを確かめる。 私は雑な彼らに任せているのが不安。
今日の彼とは3度目になる。年齢は60歳ぐらい。 いつもやりたくてしょうがないようだけど、起たない。 出来るようになるまで時間をかけ、彼のものをしごく。
本当の時間以上に、長く感じる時間。
ベトベトの唾液一杯で、体中を舐められる。キスされる。 胸を揉まれる。あそこに指を突っ込まれ、掻き回される。
彼らはみな思っているかもしれない。 愛し合っていなくても、テクニックがあれば女性は感じると。 愛し合っていなければ、どんなテクニックも煩わしいだけなのに。
早く終わって欲しい、そのことだけを考えながら感じている声を出す。
彼のものが、乾いた私の中に強引に入ってくる。 薬の力を借りた長時間の前後運動は、ただ痛いだけだ。
目を閉じてあなたのことを考える。 でもどんなにあなたのことを考えても、違う。
生温かい息が首筋にかかる。彼の息遣いが激しくなってきた。 彼の動きに合わせて、私の声も激しくなる。早く、早く終わって。
「私がするから、大丈夫」
彼が自分で外そうとする手を私の手がとめる。 丁寧に気遣いながら、彼からコンドームを脱がせる。
「捨ててくるから待っててね」
私は彼に微笑んでから、バスルームに入った。 コンドームを照明にあてて観察する。血は出ていない。 蛇口をひねり、コンドームに水を少し入れる。漏れていない。大丈夫。
バスルームの壁一面に張られた鏡。私が映っている。 彼らはみな、私の肌が白くて綺麗だと言う。
でも私には見える、鏡に映った黒く汚れた体が。 涙が流れていた。鏡に映った自分を見るまで気付かなかった。
私は何もなかった風にバスルームを出て彼にしがみついた。 彼は私の髪を優しく撫でる。私はもう少し強く彼にしがみついた。
彼らは楽しい時間を得るために、私にお金を払う。 私はお金を得るために、彼らに楽しい時間を提供する。
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「どっちが良いかな?」 「うーん」
あなたは白と薄い水色のシャツを試着している。
「君が好きな色って何色なの」 「私が好きな色は白。だから、いつも白い服を着てるでしょ」
「じゃ、白の方にするよ」 「うん」
あなたは私の仕事のことを知っている。 あなたといる時だけが、嘘をつかないでいられる本当の自分。 幸せを感じることが出来る、唯一の時間。
私が好きな色は白。だから、いつも白い服を着ている。 あなたに黒く汚れた体を見られたくないから。
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脇の下、流れるコンプレックス |
彼女が僕のジャケットに顔を埋めている。
「何やってんの?」 「匂いかいでる」
ジャケットの胸から脇のところにかけてクンクンしている。
「そんなの臭いだけだから、やめとけって」 「っ」
僕は慌てて彼女の手からジャケットを引き剥がした。 彼女は少し拗ねた顔をして僕を見た。まだかぎ足りないと言わんばかりに。
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高校1年の春。 男子も女子も見た目を気にする頃。ヘアースタイルはもちろん、 服装はブレザーだから基本的に皆同じだが、ネクタイ、シャツの加減、 ボタンの留め方、パンツ、スカートの位置など、男女共に色々と細かくある。
貴重な朝の時間をそんなことのチェックのために割いている自分。 いつも使っているヘアムースが切れていて学校を休んだこともある。 でもそんなことよりも、もっと、かなり深刻な悩みを最近の僕は抱えていた。
それは腋臭(ワキガ)だ。
なぜだか、いつからか分からないが、気が付いたときには 脇の下から大量の汗を掻くようになっていた。夏、冬、季節は関係なくだ。 でも、僕自身は特にそれを気にしていたわけではなかった。 ある日仲間に指摘されてから気にし始め、日に日に悩みが深くなっていった。
不思議なことに気にすれば気にするほど汗の量は増えた。 1日学校に行って帰ってくると脇の下はぐっしょり、かなり臭いも発している。
どうすればいい。友達にも恥ずかしくて相談が出来ない。 とりあえず、汗が出ているんだから、それを小まめにふき取ることにした。 僕は休み時間の度にトイレへ行き、トイレットペーパーで汗を拭った。
ある日、テレビで汗止めスプレーのCMを見た。 女の子達が元気一杯スポーツをした後、脇にスプレーをシューと一吹き。 快適、爽やか、男の子にも嫌われない、そんなキャッチだ。
さっそく深夜、コンビニに買いに行くことにした。 1件目、2件目となかなか恥ずかしくて買えず、近くのコンビニを駆けずりまわる。 その後も何件か回り、結局1件目の店で買うことにした。 もう場所は分かっていたので、入るなり売り場に直行する。 CMで一押しだったレモン色の缶スプレーを手に取り、すぐレジへ。 中3で初めてコンドームを買ったときよりも僕は緊張していた。
次の日からは、それを付けて学校に行った。 CMの女の子たちの様に気分は晴れやかで、悩みも軽くなった気がした。
「おれさ、女達が付けてるスプレーの匂い大嫌いなんだよなー」 「えっ」
ある日、いつも一緒にいる仲間の一人が話しかけてきた。 斜め後ろで女の子たちが話をしているのを横目で睨みつけながら。
「あれだったら、まだ付けてないほうがマシだよ」 「そうだ、な」
まさか臭いの発信源が、すぐ隣にいるとは思っていないみたいだ。 その日僕は、家に帰ってから缶スプレーをマンションの窓から捨てた。
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「何でジャケットの匂いなんか、かぐんだよ」 「だって、あなたの匂いがするから」
あれから何年になる。忘れていたわけじゃない。 でも、いつから気にすることをやめたんだろう。
「匂いじゃなくて、汗臭いだけだよ」 「全然臭くない、かいでるとすごく安心する」
いや違う。 気にしても仕方がないと、僕はあきらめることにしたんだ。
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