unlovable
自作小説。主にショートストーリーを書いています。
コンサートチケット

大学。午後1時前の学食。そこそこ人はいる。
今日もまた朝起きれないまま、こんな時間になってしまった。
適当な場所に席を取り、午後の授業も出るかどうか迷っていた。

「いま来たところ?」
「そう」

彼女が僕を見つけ、大きなカバンを抱えながら向かいの椅子に座った。
手には飲みかけのキャラメルマキアート。彼女が唯一飲めるコーヒー。

「午前、授業あったんじゃないの?」
「うん」

「ご飯は?」
「食ってきた」

「なに食べてきたの?」
「パンかな」

「アメリカ人ですか?」
「なんだよ、パンぐらい普通に食うだろ」

「やっぱ、ご飯でしょう。日本人は」
「そうなんだ」

どうでも良いような会話。すると彼女が、抱えていた大きなカバンの中をかき混ぜ始めた。
しばらくすると、かき混ぜるのが終わり何か出てきた。

「チケットがあるんだけど、土曜空いてる?」
「そんなことより、カバンでか過ぎだろ」

「普通だよ」
「旅行にでも行くみたいだ」

軽くカバンの話はかわされて、またチケットの話に戻る。
それは同年代で知らない奴はいないだろう男性バンドのチケットだった。

「好きだよね」
「うん、いま一番好きだね」

今日も家から大学までの通学の途中、ずっと聞いていた。
彼女と合っていなければ、まだヘッドホンは外してなかっただろう。

「カラオケでもよく歌ってるし」
「そうだね」

僕がこのバンドで一番好きな曲は、何のジャンルにも当てはまらない。新しい感覚の曲だった。
そして詩が最高に良い。普通、作詞は詞と書くけど、このバンドのは詞ではなく詩だ。

詩は文字を扱う中でも最上級の才能が必要だ。絵画で言えばアートになる。
このバンドのボーカルが詩も曲も書いているが、
ボーカルと作曲の才能だけでもすごいのに、文字の才能まであることにいつも感心してしまう。

「どうする、行ける?ダメならサークルの子と行くけど」
「もちろん、行くでしょう」

彼女は残り少なくなったキャラメルマキアートの氷を
ストローでクルクルとかき混ぜながら微笑んだ。

--

土曜。アリーナ。席は40列目、真ん中あたり。
前座のバンド演奏が40分もあり、やっとメインの登場だ。

「いよいよだね」
「あぁ」

インパクトのある曲から始まった。すぐに皆総立ちになる。
コンサートでは、ゆっくり座って鑑賞することは出来ないようだ。

そして数曲が過ぎた。いまはミディアムテンポな曲が流れている。
皆、曲に合わせてリズムをとり、一緒に口ずさんでいる。
彼女の横顔を見る。照明があたり虹色に変化するそれは幸せそうにステージを見つめている。

僕は何だか冷めていた。

そう思った時、僕の一番好きな曲が始まった。彼女が僕の方に視線を向ける。
イントロだけで心が震える。僕が曲の中に吸い込まれていく、そんな錯覚。

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終演。ものすごい数の人並みの中、会場を出て高架鉄道の駅へと向かう。
さっきまで同じ空間、時間を共有していた人たちとまた同じ空間、電車の中。でも親近感はない。

「良くなかった?コンサート」
「いや、すごく良かったよ」

「そう、なんか楽しくなさそうだった」
「そんなことないけど」

そう、本当のところ彼女の言う通りだった。
あんな一方通行な思いは、もうしたくない。彼らバンドは4人、こちらは2万人だ。
2万人はもちろん彼らのことを知っているが、彼らは僕らのことなど知らない。

この差は何なんだろう。彼らから見れば、僕はわずか2万分の1の存在でしかない。
いや、存在していないも同じだろう。

「またチケット入ったら誘うから」
「あぁ、今日はありがとう」

彼女の最寄り駅に着いた。
電車を降り、彼女が改札に向かう。こちらに振りかえり手を振る。揺れる彼女の髪。
僕は電車の中、窓越しに軽く手を振った。

フラッシュが何度も瞬くように彼女の映像が遠ざかり電車はホームを出た。
高架を走る電車の窓から見下ろす多くの街の明かり。
自分もその中の一つでしかないって思う。

どうすれば良い。
とりあえず、一番才能がありそうなことから始めてみるのが良い。
絶望の中から見えない光に向かって、高架鉄道は夜の街をふたつに分けていった。


Written day:2006/11/14