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ナイキショップ |
「ナイキショップに寄っていかないか?」 高架鉄道の駅に向かう途中、彼女に聞いてみる。
「ううん、行きたくない」 彼女は立ち止らずに歩き続ける。ナイキショップの横を通り過ぎる。
「どうしてだよ」 「ここの店員は人をバカにしてるから」
以前、僕がナイキのスニーカーが欲しくてこの店に来た時のことを思い出す。 なかなか、どれにしようかが決まらず、何度も何度も試し履きをした。店内を何周もした。 その様子をお店の人は不機嫌そうに眺めていた。トーンダウンした僕らは、結局何も買わずに店を出た。
その時から彼女はこの店に対して、嫌悪感を抱いている。 その時から随分と経っていて店員も変っているだろうが、感情はその時のままの様だ。
「でも、嫌な店員のために行動範囲を小さくするのは何だか嫌だな」 「違うの。このお店には近づかないほうが良い。きっと嫌なことが起きるから」
「何それ?」 「虫の知らせ、っていうのかな」
「何だよ、それ?」 「むかしの人は自然に忠実だった、ってこと」
「わけわかんないし」 「流れに逆らって生きても良いことなんてない、ってこと」
高架鉄道のホームへ続くエスカレーターが、空をふたつに分けている。
「結果がどうかなんて、やってみないと分からない。俺は逆らってみたいし、悪い結果ならそれも見てみたい」 「想像力があるようでないよ。崖から飛び降りればどうなるかなんて、簡単なことじゃない」
「俺は飛び降りてみたいと思うし、その先の人生に何があるのかも見てみたい」 「ないわよ何も」
ホームには随分前に着いていた。何台もの車両が僕らに風を叩きつけていった。 当分、ナイキショップに行くことはないだろう。
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コペルニクス |
失ってから始めて気付く大切なものってあるよね。
何かの事情でご飯が食べられないときがあって。 それは忙しかったり、夜遅くて何も食べるものがなかったり。 そんなとき、置きっ放しにしてあったカップヌードルなんかを見つけたときは、すごくラッキーだよね。 そしていつもと変わらない味のはずなのに、ものすごく美味しかったりするんだ。 ちょっと大げさだけど、三食きちんと食事が出来ることに感謝するんじゃないかな。
ある人は仕事に対して不満を持っていた。 残業が多いが残業代は僅か、給料もずっと上がっていない。 でもあるとき、仕事をリストラされた。次の仕事を探してもなかなか見つからない。 家に帰ると家族から「仕事は見つかったの?」と聞かれる。 「いや、まだ」と返事をする。そして、ため息が帰ってくる毎日。
何ヵ月後かに、やっと新しい仕事が見つかった。 そしたらどんな仕事でも頑張ろうと思うんじゃないかな。 仕事が出来る喜びに感謝するんじゃないかな。 満員電車にさえ懐かしさを覚えるんじゃないかな。
ある日、足を骨折した。大好きなサッカーの練習をしていたときに。 何ヵ月後かに完治して歩いたり、走ったり、そしてボールを蹴ることが出来たら、 普段思ったことのない神様にも、お礼を言ったりするんじゃないかな。 空がとてもきれいに見えるんじゃないかな。
ひきこもりをしている人がいた。 ある日、気付いた。ひきこもりが出来る部屋や家があることに。 ひきこもりが出来る自由がある、ということに。
人はいつも誰かに愛されて生きている。家族や友人、恋人。そして自然、地球、宇宙。 でも人はそんな幸せにすぐに慣れてしまう。
そう、僕は慣れてしまっていた。 あの日、どうして僕は自殺なんかしてしまったんだろう。 取り返しのつかないものを僕は失ってしまった。
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夜のプール |
小6の夏休み。 何か楽しいことを探しては、仲間と遊んでばかりいた。
別に僕らは不良じゃない。喧嘩が好きなわけじゃない。 ただ僕らなりに楽しいことを探した結果、それが規則から外れていることはもちろんある。
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夜のプール。隣の地区にある、新校舎になったばかりの中学校。もちろんプールも新しい。 プールの周りには金網が張りめぐらされている。でも、新しくても金網には必ず穴が開いているものだ。 皆そこから入り込む。でも僕はいつも金網をよじ登って中に入る。
夜のプールを泳ぐ。もちろん水着なんか持ってきていない。 皆、フルチンだ。泳ぐと波の合間から、白いケツがポコンと浮かび上がる。 それは滑稽で、とても無邪気な映像だ。
僕は月明かりの中、プールの波が揺らめいているのをぼんやりと眺める。 昼と夜。同じものなのに、昼に見るそれとは全く様子が違う。 僕も昼と夜とじゃ、周りから違って見えているのだろうか。
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「夜のプールに、友達を連れてきていいか」ある日、仲間の一人から聞かれた。 「別にいいけど」と、僕は答えた。
仲間は「ありがとう」と、言って友達に連絡を入れた。 そして仲間が連れてきた友達とは、驚いたことに隣のクラスの学級委員だった。 かるいショックを受けたが、仲間の偏差値が高いことを思い出し、そういう繋がりなんだなと勝手に納得した。
その夜、少し居心地が悪そうに学級委員が仲間に加わった。 学級委員もフルチンで泳いだ。白いケツがポコンと浮かび上がる。 学級委員だろうが、それは変わらない。でも彼が白いのはケツだけじゃなく、全身真っ白だ。
「仲間に入れてくれて、ありがとう」帰り際、学級委員が言った。 「昼間より楽しいだろ」学級委員とは、裏門を出たところで別れた。
結局、学級委員が夜のプールに来たのは、それが最初で最後だった まじめな奴の、ちょっとした思い出作りだったのかも知れない。
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夜のプール。月の光を浴びながら、黒光りした波を見ている。 僕の体が、水に溶けていく錯覚。夏休みも、もうすぐ終わる。
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